富士山登山の人数制限と入山規制は、山梨県側の吉田ルートで1日4,000人の上限と夜間ゲート閉鎖が敷かれ、静岡県側3ルートでも入山料4,000円の納付や夜間規制、事前学習が本格導入されています。
青空を突く白銀の独立峰も、ひとたび足を踏み入れれば命を削りかねない過酷な高山へと姿を変えます。霧に隠れる富士は、ときに人の心の迷いに似て、無謀な一歩を踏み出す登山者を静かに拒絶するかのようです。
僕が幼少期から父の背中を追い、何度も見上げて登り続けてきたこの山は今、かつてない大きな転換点を迎えています。
富士山登山の人数制限と入山規制はどうなっている?山梨・静岡の両ルートを総点検
結論からお伝えすると、富士山登山は現在「誰でもいつでも登れる山」から「厳格なルールと準備のもとで入山する山」へと完全に舵を切りました。
山梨県側の吉田ルートでは、2024年から本格導入された厳格な通行規制が定着し、1日の登山者数を4,000人に制限する人数管理が行われています。
さらに2026年シーズンからは、静岡県側の3ルート(富士宮・御殿場・須走ルート)においても、1人1回4,000円の入山料徴収や夜間規制、事前学習の修了が義務付けられました。
これによって、山梨側・静岡側のどちらから登る場合でも、事前の計画・予約・金銭的な負担・そして万全の装備チェックが必須となっています。
かつて見られた「思い立ったら夜通しで山頂を目指す」という無謀な登山スタイルは、制度面から完全に遮断されることになりました。
項目 山梨県側(吉田ルート) 静岡県側(富士宮・御殿場・須走ルート)
開山期間(予定) 7月1日〜9月10日 富士宮・御殿場:7月10日〜9月10日 須走:7月1日〜9月10日
人数制限(1日あたり) 上限4,000人(当日枠あり) 人数上限なし
夜間規制時間 14:00〜翌朝3:00 ゲート閉鎖 (山小屋宿泊者を除く) 14:00〜翌朝3:00 入山制限 (山小屋宿泊予約が必須)
料金(1人1回) 通行料 4,000円 入山料 4,000円(旧協力金を一本化)
事前手続き 富士山吉田ルート通行予約システム 静岡県FUJI NAVIアプリ等での登録・学習
装備チェック 五合目にて3大装備(雨具・靴・防寒着)を厳格確認 ルール・マナー事前学習受講が必須
このように両県で足並みが揃えられたことで、富士登山は新たな秩序ある登山環境へと歩みを進めています。
山梨県側・吉田ルートの人数制限と通行予約システムの仕組み
最も多くの登山者が集中する山梨県側の吉田ルートでは、富士スバルライン五合目の登山道入口に物理的なゲートが設置されています。
登山シーズンは例年7月1日から9月10日までとなっており、この期間中は1日の通行者数が4,000人に達した時点で、山頂方面への通行が打ち切られます。
ただし、4,000人の枠すべてが事前予約で埋まってしまうわけではなく、当日現地で受け付ける当日枠もしっかり確保されています。
山梨県の公式記録によると、制度が始まった令和6年(2024年)および令和7年(2025年)の実績において、通行可能時間帯(3:00〜14:00)に登山者が4,000人を超えてゲートが閉鎖された日は0日でした。
これは上限枠が登山者を排除するためではなく、極端な混雑のピークを抑制し、行動時間を分散させるための「安全弁」として機能していることを示しています。
通行料は1人1回4,000円で、インターネット上の予約システムからクレジットカードやPayPayで事前決済が可能です。
事前予約を済ませて五合目に向かうと、専用窓口でQRコードをかざすだけでスムーズに通過でき、記念としてオリジナルの「木札」がプレゼントされる嬉しい特典も用意されています。
もちろん現地五合目でも決済は可能で、各種クレジットカード、電子マネー、主要QRコード決済(d払い、楽天ペイ、メルペイ、au PAY、銀聯など)に対応しています。
ただし、五合目にはATMが一切設置されていないため、現金が必要な場合は必ず麓で用意しておかなければなりません。
通行予約のキャンセルについては、決済日の翌日までであれば返金が可能ですが、決済日の翌々日以降は全額キャンセル料の対象となり、人数の変更もできなくなるため旅程の確定が欠かせません。
台風等で富士スバルラインが通行止めになった場合や、県の指導で登山が中止されたケースに限っては、未認証の予約者に自動返金が行われます。
なぜ14時から翌朝3時までゲートが閉まるのか?弾丸登山の危険性
吉田ルートの五合目ゲートは、毎日午後2時(14:00)から翌朝3時(3:00)まで完全に閉鎖されます。
この時間帯にゲートを通過して山頂方向へ進むことができるのは、山小屋の宿泊予約を完了している登山者のみです。
なぜ、日中のまだ明るい午後2時という早い時間から登山口を閉鎖してしまうのでしょうか。
その最大の理由は、夜通し寝ずに一気に山頂を目指す過酷な「弾丸登山(0泊2日登山)」を物理的に防ぐことにあります。
かつては、夕方や夜間に五合目を出発し、ヘッドライトの明かりだけを頼りに夜通し歩いて山頂で御来光を迎える登山者が後を絶ちませんでした。
しかし、標高3,776mの頂上は、平地が猛暑の真夏であっても最低気温が氷点下近くまで冷え込み、吹き付ける強風が容赦なく体感温度を奪っていきます。
睡眠不足と急激な高度上昇が重なると、気圧低下と低酸素状態に体が順応できず、激しい頭痛や吐き気、めまいを伴う重度の高山病を発症します。
疲労困憊で足元がおぼつかなくなった登山者が岩場でつまずき、転倒して骨折したり、暗闇の中で登山道を外れて落石や滑落事故を引き起こしたりする事例が頻発していました。
さらに山頂直下では、日の出前の狭い登山道に弾丸登山者が密集して身動きが取れなくなる「登山渋滞」が発生し、低体温症で動けなくなる人が続出していたのです。
午後2時にゲートを閉ざす措置は、登山者に「山小屋に泊まり、体を高度に順応させながらゆとりを持って登る」という登山の基本原則を強く促すための命綱なのです。
山小屋を予約している方であっても、夕暮れの急激な冷え込みや日没後の危険を避けるため、14時前までに五合目ゲートを通過することが強く推奨されています。
静岡県側3ルート(富士宮・御殿場・須走)の新たな規制と「FUJI NAVI」
一方、太平洋を望む静岡県側の3ルート(富士宮ルート・御殿場ルート・須走ルート)でも、大きな制度改革が行われました。
静岡県側では1日あたりの登山者数に絶対的な上限人数は設けられていませんが、入山のための手続きと条件が大幅に厳格化されています。
まず、午後2時から翌朝午前3時までの時間帯に入山する場合、吉田ルートと同様に山小屋の宿泊予約が必須となりました。
さらに、これまで任意だった「富士山保全協力金」が廃止され、令和7年度より1人1回4,000円の「入山料」として義務化・一本化されています。
この入山料は年齢に関わらず一律4,000円であり、子どもであっても支払う必要があります(障害者手帳所持者や学校登山などは事前申請で免除制度あり)。
また、静岡県側から登るすべての登山者には、富士山の自然保全や安全登山に関するルールとマナーを学ぶ事前学習(eラーニング)の修了が義務付けられました。
これらを一括で管理するのが、静岡県が導入したスマートフォンアプリ「静岡県FUJI NAVI」です。
登山者は事前にアプリをインストールし、eラーニング講習を受講したうえで、登山日や山小屋予約の有無を入力し、入山料4,000円を決済して「入山証(QRコード)」を取得します。
スマートフォンを持たない未成年の子どもは保護者が一括登録できるほか、スマホを持たない登山者向けに現地での手続き窓口も用意されています。
ただし現地手続きは書類記入や講習受講で長蛇の列になる恐れがあるため、事前のアプリ登録を済ませておくことが強く求められています。
なお、山梨県側(吉田)で4,000円を支払って登頂し、静岡県側に下山する場合、あるいはその逆のケースでも、支払い証明を提示できれば二重で入山料を徴収されることはありません。
ゲート通過を拒否されることも?五合目で問われる「3大必須装備」
規制はお金や予約の確認にとどまりません。命を守るための装備が整っていなければ、いくら予約を済ませて料金を支払っていても容赦なくゲート前で通行を断られます。
吉田ルートの五合目では、山梨県が任命する「富士登山適正化指導員」による装備チェックが実施されており、以下の3大装備を所持していることが絶対条件となります。
- 防寒着:フリース、薄手ダウンジャケット、機能性保温インナーなど(山頂付近は夏でも真冬並みの寒さになります)
- 上下セパレート式の雨具:登山専用の透湿防水ウェア(ゴアテックス等)。ビニールカッパやポンチョは強風で簡単に破れ、役に立ちません
- 登山に適した靴:足首をしっかり保護し、溶岩礫や火山灰を踏みしめられるハイカットまたはミドルカットの登山靴
富士山の登山道は、鋭利な溶岩の岩場と、足を取られる細かな火山砂利(砂走りなど)が延々と続きます。
スニーカーやサンダルなどの軽装で挑めば、靴底が剥がれたり足を滑らせて重傷を負ったりする危険が極めて高くなります。
夏の富士山には岩壁をよじ登るような高度な登攀技術は必要ありませんが、山岳遭難発生状況を見れば、事故の最多原因は圧倒的に「下山時の転倒」です。
疲労で足腰の踏ん張りが利かなくなった下り道でつまずき、自力歩行ができなくなって救助要請に至るケースが毎年後を絶ちません。
また、登山道を外れて歩く行為は、下を歩く登山者へ落石を直撃させる大事故を引き起こすため固く禁じられています。
頭部を守るためのヘルメットの携行が強く推奨されているのも、そうした落石や転倒時の頭部強打を防ぐための現実的な防衛策です。
トイレチップから山小屋の現実まで知っておくべき現場の実態
ルールを把握したうえで、実際の山中環境についても過酷な現実を理解しておく必要があります。
富士山は隔絶された独立峰であり、山小屋や公衆トイレの水はすべて天水(雨水)やブルドーザーによる運び上げに頼っています。
各合目や山頂のトイレを利用する際は、維持管理費として100円〜300円程度のトイレチップが必要です。
小銭のお釣りは出ないため、五合目を出発する前に100円玉を10枚〜20枚ほど必ず財布に用意しておかなければなりません。
山小屋も街のホテルや旅館とは根本的に異なり、水が極めて貴重なためお風呂や洗面所、水道設備はありません。
大部屋で布団を並べる雑魚寝スタイルが基本であり、登山道上の山小屋は原則として宿泊者以外の立ち入りや休憩を断っています。
さらに、山中の売店や自動販売機で売られている飲料水や食料(カップ麺等)は、すべて強力な特殊ブルドーザーで過酷な急斜面を荷揚げしているため、標高が上がるほど価格も高くなります。
また、夜間は売店が閉まるため水分補給が途絶えやすく、自分で十分な行動食(チョコレート、クッキー、塩分タブレットなど)や水分を背負って登る自己完結の意識が求められます。
なお、国立公園内である富士山では、テント泊や焚き火は法律で固く禁止されています。
万が一、足の負傷や体調不良で動けなくなった場合は、吉田ルートの七合目・八合目、富士宮ルートの八合目にある夏期救護所(医師常駐期間あり)を頼るか、近くの山小屋や110番・119番へ連絡して救助を要請することになります。
富士山研究家・神楽岳志の考察:人数制限がもたらす「山の品格」の回復
長年、富士の麓で育ち、世界中の山脈を歩いてきた僕の目から見て、この一連の厳格な規制と人数制限は、遅すぎたとはいえ「極めて正しい、歴史的な英断」だと確信しています。
かつての富士山は、世界遺産という華々しい看板の陰で、オーバーツーリズムによる混雑とマナー崩壊に悲鳴を上げていました。
サンダル履きの外国人観光客が凍えながら救助を求め、ゴミが散乱し、山頂直下では怒号とため息が交錯する——それは信仰の山、日本の誇る霊峰が持つべき姿ではありませんでした。
通行料・入山料として4,000円を徴収し、人数制限や夜間閉鎖を設けたことは、単なる混雑緩和の策にとどまりません。
それは、入山するすべての人に対して「ここは観光地ではなく、命のリスクと向き合う過酷な自然である」という自覚と覚悟を問うフィルターとして機能しています。
事実、吉田ルートでの導入以降、過密による極端な混乱は抑えられ、登山道に静けさと安全な歩行環境が戻りつつあります。
山小屋を予約し、事前学習を受け、正規の装備を整えて山頂を目指すプロセスそのものが、富士山に対する敬意を取り戻す儀礼となっているのです。
今後は、山梨側と静岡側がさらに強固にデータを連携させ、気象悪化時のリアルタイム情報発信や、登山者の動態把握をより高度に進化させていくことが期待されます。
富士山は、訪れる人の心を映す鏡です。
私たちが傲慢な気持ちで近づけば厳しい牙を剥き、敬意と入念な準備を持って対峙すれば、言葉を失うほどの神々しい御来光と雲海の絶景で迎えてくれます。
まとめ
富士登山の人数制限と入山規制は、事故を防ぎ、美しい自然を未来へ継承するための確かなルールとして定着しました。
- 山梨県側(吉田ルート)は1日上限4,000人、午後2時から翌朝3時までゲート閉鎖
- 静岡県側3ルートは人数上限はないものの、夜間入山制限と「FUJI NAVI」による事前学習・登録が必須
- 両県ともに1人1回4,000円の負担が必要(相互免除あり)
- 防寒着、上下セパレート雨具、登山靴の3大装備がないと入山不可
- 山小屋の予約とゆとりある行程設計が登頂の絶対条件
ルールを守り、十分な装備と謙虚な心構えを整えて、日本最高峰の頂を目指してください。
よくある質問
予約なしで当日ふらっと行っても富士山に登ることはできますか?
吉田ルートでは当日受付枠も確保されているため、1日の上限(4,000人)に達しておらず、かつ朝3時から14時までの通行可能時間帯であれば当日手続きで入山可能です。ただし、山小屋の予約がない場合は日帰りで往復(標準11時間以上)しなければならず、14時までにゲートを通過できない場合や装備不備がある場合は入山を断られます。混雑や受付待ちを避けるためにも、事前予約と山小屋確保を強く推奨します。
静岡側から登って山梨側に下山する場合、料金は2回分(合計8,000円)払う必要がありますか?
いいえ、二重に支払う必要はありません。静岡県側で4,000円の入山料を納付した証明(または山梨県側での4,000円通行料決済画面や木札など)を提示できれば、反対側のルートへ下山する際に追加料金を請求されることはありません。証明画面のスクリーンショット等を大切に保管しておいてください。
雨具はコンビニの透明なビニールカッパでもゲートを通れますか?
ビニールカッパや簡易ポンチョではゲートを通過できません。富士山は森林限界を超えると風を遮るものが一切なく、台風並みの強風が吹き荒れます。薄いビニール製品は風に煽られて一瞬で破れ、全身が濡れて急激な低体温症を引き起こすため、必ず「上下セパレート式の本格的な登山用透湿レインウェア」をご用意ください。

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