霧に隠れる富士は、人の心の迷いに似ています。しかし、その霧が晴れた時、私たちは自然の厳しさと圧倒的な美しさを同時に知ることになります。幼少期から富士を仰ぎ見て育ち、長年にわたり登山ガイドや火山・地理学の観点から霊峰と向き合ってきた僕、神楽岳志が、2026年シーズンの新しい富士登山ルールについて解説します。
結論から言えば、2026年の富士山登山は、全ルートにおいて「事前手続き」と「通行料・入山料(各4,000円)」が必須となります。山梨県側の吉田ルートでは専用システムでの事前予約が求められ、静岡県側(富士宮・御殿場・須走ルート)では「静岡県FUJI NAVIアプリ」を用いた事前登録と学習が義務付けられました。かつてのように思い立ってすぐ登れる山ではなくなりましたが、これは富士山という神聖な自然と、皆さんの命を守るための必然的な変化です。本記事では、今年度から本格的に厳格化された最新ルールと、具体的な手続き方法を網羅的に紐解いていきます。
富士登山では、「何を持っていくか」以上に「どう揃えるか」で準備の負担が大きく変わります。
購入とレンタル、どちらが自分に合うのか迷ったら、装備選びで後悔しないための考え方をこちらの記事で整理しています。
2026年シーズンの富士山登山の基本期間と全体概要
毎年のように変化を見せる富士山の表情ですが、今年の開山期間もルートによって設定が異なっています。
山梨県側の吉田ルートは、2026年7月1日から9月10日までを予定しています。静岡県側の須走口も、同じく7月1日からの開山が予定されています。一方で、静岡県側の富士宮口と御殿場口は、7月10日から9月10日まで開山される予定です。
ただし、富士山は標高3,776メートルの独立峰であり、気象条件や残雪の状況によっては開山が遅れる場合も少なくありません。僕自身、過去に何度も7月上旬の猛吹雪や凍結を経験してきました。そのため、現地の最新情報を出発直前まで確認することが不可欠です。
各ルートに共通して導入されたのが、安全登山の徹底と混雑緩和を目的とした厳格な規制です。近年、インバウンドの増加やアウトドアブームの影響で、富士山の登山道はかつてないほどの過密状態に陥っていました。単に高い山へ登るという自己満足ではなく、決められたルールを守り、自然に対する畏敬の念と礼儀を尽くすこと。それが、これからの時代に富士山へ足を踏み入れるすべての登山者に求められる最低限の条件となっています。
山梨県側・吉田ルートの通行料金と事前予約の方法
山梨県側の吉田ルートでは、五合目登山道入口のゲートにおいて、午後2時から翌日午前3時までの間、通行規制として物理的にゲートが閉鎖されます。
山小屋の宿泊予約を済ませている登山者を除き、この時間帯は一切の通行ができなくなります。さらに、1日あたりの登山者が4,000人に達した場合も即座にゲートが閉鎖され、事前予約がない場合はどれほど遠方から訪れていても通行できなくなるという厳しい仕組みが導入されました。
登下山道の通行料は1人1回につき4,000円であり、吉田ルートの専用通行予約システムを通じて事前決済を行う必要があります。この予約はあくまで「通行する権利」を確保するものであり、山小屋の宿泊予約とは全く別物である点に注意が必要です。僕がガイドをしていた頃も、「通行料を払ったから山小屋に泊まれると思っていた」という誤解をされる方が少なくありませんでした。
予約の基本ルールとキャンセルポリシー
- 通行料: 1人1回4,000円(事前決済または現地支払可ですが、確実な入山のためには事前決済が強く推奨されます)。
- 予約のタイミング: 登山日当日まで可能ですが、日ごとの規定数(4,000人)に達し次第、受付が終了します。週末や連休は早期に埋まることが予想されます。
- キャンセルポリシー: 決済日の翌々日からキャンセル料が100%発生し、自己都合による返金は原則不可となっています。天候不良への懸念があっても、安易なキャンセルは費用負担を伴うため、慎重なスケジュール構築が求められます。
山小屋予約と通行予約の確実な連携手順
山小屋の宿泊予約をしている場合は、午後2時以降の規制時間中であってもゲートを通過することができます。しかし、この場合でも通行料4,000円の支払いは免除されません。
確実な手順としては、まず希望する山小屋の宿泊予約をいち早く確定させます。その後、速やかに通行予約システムへアクセスし、「山小屋宿泊予約あり」の枠を選択して通行料の決済を済ませてください。この二段構えの手続きを完了させることで、初めて安心して登山口へと向かうことができます。
予約枠が売り切れた場合の代替案
もし通行予約の枠が規定数の4,000人に達し、チケットが売り切れてしまった場合はどうすればよいのでしょうか。一つは、日程をずらして平日に再予約を試みることです。
もう一つは、1日あたりの人数上限が設けられていない静岡県側のルート(富士宮・御殿場・須走)へ計画を変更することです。ただし、ルートを変更する場合は、それぞれの特徴や難易度、アクセス方法を再確認し、登山計画を根本から練り直す必要があります。単なる「代わりの道」と侮ると、思わぬしっぺ返しを食らうのが富士山です。

各ルートの特徴と難易度比較
ルート変更を検討する際や、初めて富士山に挑戦する方のために、4つの主要ルートの特徴を整理しておきます。アルプスの山々とも比較される富士山ですが、独立峰ゆえの火山砕屑物(スコリア)で覆われた道は独特の歩きにくさがあります。
ルート名 出発標高 特徴と難易度
吉田ルート 約2,305m 最も人気。山小屋や救護所が多く初心者向けだが、シーズン中は大混雑しやすい。
富士宮ルート 約2,400m 山頂までの距離が最短。ただし傾斜が急で岩場が多く、一気に登るため高山病に注意が必要。
須走ルート 約2,000m 樹林帯が長く自然の移ろいを楽しめる。下りの名物「砂走り」が特徴。やや体力が必要な中級者向け。
御殿場ルート 約1,440m 標高差が最大で歩行距離も最も長い。登山者が少なく静かな山歩きができるが、完全な上級者向け。
自分の体力や過去の登山経験に合わせ、最適なルートを選ぶことが安全登山の第一歩です。僕のおすすめは、混雑を避けて自然と静かに対話できる須走ルートですが、それ相応の脚力と経験が求められます。
登山靴、レインウェア、ザック、防寒着……必要なものを一つずつ揃えていくと、意外と悩むポイントが増えてきます。
しかも、すべてを購入することだけが正解とは限りません。
僕ならどこまで揃え、どこからレンタルを考えるのか。富士登山の装備を無理なく準備する方法をこちらの記事で詳しくまとめました。
初めて登る方でも、数分で全体像をつかめます。
静岡県側(富士宮・御殿場・須走ルート)の事前登録と入山手続き
静岡県側の3ルート(富士宮口・御殿場口・須走口)から登山する場合も、独自の条例に基づく厳格な入山手続きが必要となりました。
静岡県側では、吉田ルートのような1日あたりの登山者数上限こそ設けていないものの、事前のルール・マナー学習と入山証の取得が完全に義務付けられています。この手続きは、専用のスマートフォンアプリ「静岡県FUJI NAVIアプリ」を使って行います。
具体的な手順は以下の通りです。
1. アプリのインストール: 事前にApp StoreやGoogle Playから「静岡県FUJI NAVIアプリ」をダウンロードし、新規ユーザー登録とログインを行います。
2. 事前学習の受講: アプリ内の「富士登山について学ぶ」から事前学習ページを熟読し、確認テストに全問正解して合格する必要があります。これは火山としてのリスクや、ゴミの持ち帰りなどの基本マナーを再確認させるための重要なプロセスです。
3. 事前登録と入山料の支払い: 入山予定日や選択した登山ルート、緊急連絡先などの個人情報を入力し、入山料(1人1回4,000円)をクレジットカード等で決済します。決済が完了すると、専用のQRコード(入山証)が発行されます。
4. 登山口での提示: 各登山口に配置された係員に対し、発行された入山証(QRコード)を提示します。午後2時から翌午前3時までの間に限り、山小屋宿泊の証明画面もあわせて厳格に確認されます。
静岡県側の手続きでは、吉田ルートとは異なり、入山予定日当日の23:59まで予定の変更やキャンセルが可能です。万が一天候が悪化して登山を断念した場合でも、未使用であれば手数料なしで全額が返金される仕組みになっています。これは、無理な登山を助長しないための素晴らしい配慮だと言えます。
また、スマートフォンを持たない子どもや、操作に不慣れな同行者の分についても、代表者のアプリから一括して登録し、QRコードを分配することが可能です。

登山を安全に進めるためのアプリやサポート情報
森林限界を超えた標高の高い富士山では、天候の急変やルート迷失のリスクが常に伴います。エベレスト街道やヨーロッパ・アルプスも歩いてきた僕から見ても、富士山の気象条件の厳しさは世界トップクラスです。
独立峰である富士山は、風を遮る地形が一切ありません。ひとたび天候が崩れれば強風が吹き荒れ、真夏であっても体感温度は氷点下まで下がり、低体温症の危険が迫ります。
山梨県側では、電波が届かない山の中でもスマートフォンのGPS機能を利用して現在地を確認できる、無料の「富士山アプリ」の活用を強く推奨しています。このアプリには、予定ルートを外れると音声やバイブレーションで警告してくれる機能もあり、夜間や濃霧時の道迷い防止に極めて有効です。
こうしたデジタルツールを味方につけることも、現代の安全登山においては水筒やヘッドライトと同じくらい重要な「装備」の一つといえます。
また、登山に対する知識や経験が十分でない場合は、決して無理をせず、プロの登山ガイドへの同行を依頼することを強くおすすめします。防寒着(ダウンジャケットやフリース)、セパレートタイプ(上下別)のしっかりした雨具、足首を保護する登山靴など、装備が不十分な場合には、安全確保の観点から登下山道の利用が制限されることもあります。事前の準備に一切の妥協は許されません。
考察:ルール化が生む「新しい富士登山の形」
ここからは、長年にわたり富士山を見つめ、国内外の山々を歩いてきた筆者としての見解をお伝えします。近年の入山規制や事前予約システムの導入、そして4,000円という決して安くはない料金設定は、富士山という神聖な自然環境と、何より登山者自身の命を守るために避けて通れない過渡期の措置であると僕は評価しています。
かつての富士山は「いつでも誰でも自由に登れる山」という側面が強く、おおらかな受け入れ態勢が魅力でもありました。しかし、私が過去に富士山でガイドや地質調査を行っていた際、スニーカーにTシャツ、小さなリュックひとつで夜通し歩き続ける「弾丸登山」による痛ましい遭難騒ぎや救助要請を何度も目の当たりにしてきました。
高山病で一歩も動けなくなり登山道にうずくまる若者や、雨具を持たずに岩陰でガタガタと震える外国人観光客の姿は、富士山の過酷さを軽視し、自然を侮った結果に他なりません。十分な休息を取らない弾丸登山は、睡眠不足と急激な高度上昇により、命に関わる重度な高山病の発症リスクを極限まで跳ね上げます。
今回のアプリを通じた厳格な事前登録や確認テストは、一見すると手続きのハードルを高め、自由を奪ったように映るかもしれません。「お金を払わなければ登れないのか」という反発の声があることも事実です。
しかし、このシステムが定着することで、「本当に富士山を敬い、十分な準備と覚悟をした人だけが足を踏み入れる」という、本来あるべき信仰の山・霊峰としての秩序が取り戻されつつあると考えられます。ルールは単なる制限ではなく、過酷な自然に挑む私たち自身を守るためのセーフティネットなのです。
今後は、行政と登山者が一体となってこの新しいマナーの定着を図り、世界に誇る富士山の文化的・自然的価値を、傷つけることなく次世代へと継承していくことが強く求められるでしょう。
まとめ
2026年の富士登山シーズンにおいて、山梨県側の吉田ルートは専用システムでの事前予約と通行料の支払いが必須となりました。
一方、静岡県側の各ルート(富士宮・御殿場・須走)は「静岡県FUJI NAVIアプリ」を用いた事前登録と事前学習、そして入山料の納付がそれぞれ義務付けられています。
いずれのルートにおいても料金は1人1回4,000円が設定されており、夜間の通行規制による弾丸登山の防止や、適切な装備の携帯確認など、命を守るためのルールがかつてなく厳格化されています。
事前の手続きを漏れなく済ませ、万全の装備と体調管理を整えたうえで、歴史と自然が息づく富士山の頂を安全に目指してください。
よくある質問
吉田ルートの通行予約は宿泊していなくても必要ですか?
予約自体はシステム上任意とされていますが、一日当たりの登山者が4,000人に達した場合や、午後2時から翌午前3時までの規制時間帯に通行するためには、事前予約(事前決済)と通行料の支払いが事実上必須となります。確実な登予定日のために事前決済をおすすめします。
静岡県側の入山料やキャンセルはどうなりますか?
静岡県側では事前に専用アプリで入山料(4,000円)を支払いますが、入山予定日当日の23:59までであれば、未使用の場合に限りキャンセルや日程変更が可能であり、手数料なしで全額が返金されます。
スマートフォンを持っていない場合はどうすればよいですか?
現地での手続き方法も例外的に用意されていますが、混雑時のスムーズな入退場や、事前の学習テスト受講のためにも、可能な限り家族や同行者のスマートフォン等を利用して、代表者が一括して事前に登録を済ませておくことを強く推奨します。
富士登山の準備で迷いやすいのが、「本当にこの装備を全部買う必要があるのか」という問題です。
頻繁に山へ行く人と、まずは富士山に挑戦したい人では、合理的な揃え方も変わります。
大切なのは、費用だけで決めるのではなく、安全性や使う頻度まで含めて考えること。
購入とレンタルの違いが分かれば、自分に必要な装備もかなり整理しやすくなります。
富士登山の装備レンタルをどう使えばいいのか、詳しくはこちらの記事で確認できます。
全部読む必要はありません。気になるところだけ拾い読みしてみてください。


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