列車のブレーキ音が静まるころ、窓の向こうに白く光る稜線が見えた。──あの形を、僕はもう何百回も見てきた。それでも、富士はいつも初対面のように胸を打つ。
朝の特急「富士回遊」が富士山駅に滑り込む。ドアが開くと同時に、ひんやりとした空気が頬を撫でた。標高809メートル──地理学者として測量地図で見慣れた数値だが、肌で感じる空気の密度は、数値以上に深い。
「電車を降りたら、そこは富士のふもと」。その言葉は決して比喩ではない。富士山駅のホームは、古代から信仰と生活が交わってきた“境界”に建っている。富士講の信者がここで身を清め、山へ向かったという記録も残る。
僕はこれまで、富士山に幾度となく登頂してきた。季節ごと、夜明けごと、そして人生の節目ごとに。だが、登山道を離れた“ふもとの旅”には、登ることとは異なる静かな感動がある。
今日は、富士山駅 → 河口湖 → 本栖湖をめぐる一日旅。観光ではなく、富士が人々の暮らしの中にどう息づいているのかを見つめる小さな巡礼だ。地図には載らない「心の風景」を探しに行こう。
🧭 第一章:富士山駅──“ふもと”の玄関口に降り立つ

富士急行線の終着駅、富士山駅。車内アナウンスでその名を聞いただけで、胸が少し高鳴る。ここが、あの富士山の“ふもと”だ。ホームに降り立った瞬間、空気の質がガラリと変わる。標高809メートル。湿度が低く、風が軽い。呼吸するだけで頭が冴えていくようだ。
駅の出口に立つ朱塗りの鳥居が、まるで「ようこそ、富士の世界へ」と言っているようで思わず笑ってしまう。観光地らしい派手さはなく、どこか控えめなのに、確かな存在感がある。
2011年にリニューアルされた駅舎の屋上には展望デッキがあり、ここから真正面に富士山がどーんと構えている。
(参考:富士吉田市観光ガイド)
デッキに上がる階段をのぼる間も、ワクワクが止まらない。
足音がコンクリートに響くたび、富士が少しずつ近づいてくる。
そして視界いっぱいにその姿が現れた瞬間──心の中で小さく「おおっ」と声が出た。
何度見ても、富士は新しい。
風が頬をなで、雲が山肌を流れる。
「よし、今日は最高の一日になりそうだ」と、自然と口角が上がる。
駅前には、富士山の気象観測の歴史を伝える富士山レーダードーム館があり、科学好きならここは外せない。
そして旅の腹ごしらえには、コシの強い吉田うどん。地元の人がすすめる一杯をすすりながら、次の目的地・河口湖へのルートを確認する。
ただの駅じゃない。
ここは、富士山という巨大な物語の“入口”だ。
そして今、その扉がゆっくりと開こうとしている。
🌿 第二章:河口湖──“水鏡に映る富士”を歩く

富士山駅を出て、富士急行線に揺られること約15分。車窓の先に、青く光る湖面が見えてきた。あの瞬間の胸の高鳴り──何度経験しても抑えられない。河口湖は、やっぱり富士五湖の中でも特別な存在だ。
駅を降りて湖畔へ歩くと、風が気持ちいい。空気がまるで冷たいガラスみたいに澄んでいて、富士の姿がそのまま湖に吸い込まれていく。
季節ごとに表情がまるで違うのがこの湖の面白さだ。春は桜のピンク、夏は青と緑のコントラスト、秋は紅葉の赤、冬は真っ白な雪化粧。どの季節に来ても“当たり”なのが河口湖のすごいところだ。
そして、僕がいつ来ても立ち寄るのが大石公園。
ここから見る富士山は、どの角度から見ても完璧だ。風が止まる一瞬、水面が鏡のように静まり、逆さ富士が浮かぶ。思わずカメラを構える手が震える。
(参考:山梨県観光情報)
写真を撮る人、ベンチでコーヒーを飲む人、子どもと手をつないで歩く人──。
みんな違う目的で来ているのに、同じように笑っている。それが河口湖の不思議なところだ。景色だけじゃなく、ここにいる時間そのものが“ご褒美”になる。
僕もそのひとりだ。
この場所に来るたびに、富士山を研究してきた地理学者としての視点より、ただの旅好きとしての自分が勝ってしまう。
だって、湖に映る富士山を見ながら「次はどの角度から撮ろうか」と考えている瞬間、もうすでにこの旅が大成功している気がするから。
旅は風景を見ることじゃなく、風景の中に自分を置くこと。
そう思いながら、僕は次の目的地・本栖湖へと向かうバス停へ足を向けた。
💧 第三章:本栖湖──“静寂が語る富士の原風景”

河口湖から西へ約30分。周遊バス「ブルーライン」に揺られて、窓の外を流れる木々を見ているうちに、空の色がどんどん深くなっていく。
「本栖湖まであと少しです」というアナウンスが流れるだけで、思わず背筋が伸びる。僕にとってこの場所は、何度来ても“特別ステージ”のような存在だ。
バスを降りた瞬間、まず空気が違う。静かで、透き通っていて、まるで呼吸の音まで聞こえそうなくらい。
そして視界いっぱいに広がるのが、本栖湖(もとすこ)。
富士五湖の中で最も深く、最大水深138メートル。そのせいか、湖の青がとにかく濃い。水面をのぞくと、底が見えそうで見えない、不思議な透明感がある。
風が止まると、湖がピタッと静まる。
その一瞬、鏡のような水面に“逆さ富士”が浮かび上がる。
あの有名な千円札の富士山──実際にこの景色を自分の目で見ると、「本当にここがあの場所なのか!」と心の中で叫びたくなる。
しかも、写真で見た風景よりずっと広くて、ずっと静か。
自然の音しかしないこの空間に立っていると、なんだか自分の中の時間がゆっくりになるのがわかる。
研究者としての僕はつい「透明度が高いのは溶岩層の浸透水の影響で…」なんて分析してしまうけれど、正直それどころじゃない。
この圧倒的な美しさの前では、理屈より感情が勝つ。
湖畔にはベンチがいくつかあって、腰を下ろすと風の音と鳥の声しか聞こえない。
旅の終盤にこの静けさ。ちょっと反則だ。
思わず「ここで1日ぼーっとしたいな」と口に出してしまう。
帰りのバスの時間まで、僕は何もせず、ただ湖を見ていた。
風がまた吹き始め、逆さ富士がゆっくり揺れた瞬間、「また来よう」と心の中で決めていた。
☕ コラム:富士山麓の「小さな幸せ」

本栖湖からの帰り道、ふと目に入ったのは、小さな木造の売店。
「焼きだんご」の手書き看板に、気づいたら足が止まっていた。
香ばしい匂いに誘われて一本頼むと、店の奥からおばあちゃんが出てきて、にこっと笑う。
「この辺の水で仕込んでるんですよ。おいしいでしょ?」
一口かじると、熱々の団子がもちもちで、タレが少し焦げて香ばしい。
その瞬間、さっきまで見ていた富士の雄大な景色が、急に“日常の中の幸せ”に変わった気がした。
富士山の旅って、結局こういうことなんだと思う。
絶景ももちろんすごいけれど、記憶に残るのはこういう“ふとした瞬間”なんだ。
その土地の水、その土地の人の笑顔、湯気の向こうの小さな会話。
そういうものが積み重なって、富士のふもとが“また来たくなる場所”になる。
旅の最後に、紙コップの温かいお茶をもらった。
湯気の向こうでおばあちゃんが「またおいで」と手を振る。
うん、また来る。次は、春の風が吹くころに。
🌸 四季の富士麓──季節が語る“もう一つの物語”

【春】──花霞に包まれる「再会の季節」
春の富士は、まさに“目が覚める美しさ”だ。
河口湖の大石公園では、桜のトンネルの向こうに富士山がドンと構えている。
雪の白と桜のピンク、湖の青が一度にそろうなんて反則レベル。
風が吹くたび花びらが舞って、「あ、今この瞬間を見られてよかった」と思わず声が出る。
この時期は、地元の人たちもなんだか嬉しそうだ。屋台の甘酒、観光客の笑顔、カメラのシャッター音。
富士の春は“みんなが主役”になれる季節だ。
【夏】──深緑と光のなかで、生命が息づく
夏の富士はエネルギーそのもの。
朝から日差しがまぶしくて、湖畔を歩いているだけでワクワクしてくる。
河口湖ではカヌー、SUP、遊覧船、どれも人気だけど、僕のおすすめは早朝のカヤック。
静かな湖にパドルを入れると、ちゃぷん、ちゃぷんと音がして、そのたびに富士が少し近づくような気がする。
昼はかき氷、夜は花火。
打ち上げ花火の光が富士のシルエットを一瞬だけ照らす──あの瞬間の“うわっ”という感覚は、夏しか味わえない。
【秋】──紅に染まる静寂の時間
秋の富士は、まるでキャンバス。
10月下旬から始まる紅葉シーズンは、どこを撮ってもポストカードみたいだ。
河口湖もみじ回廊を歩くと、頭上の紅葉がトンネルになって、その先に富士が現れる。
もう、立ち止まらずにはいられない。
冷たい空気、木の香り、落ち葉を踏む音。五感全部で“秋の富士”を感じる。
この季節は、ゆっくり歩くのがいちばんの贅沢だ。
【冬】──白の静寂、心の奥に降る雪
冬の富士は、格が違う。
雪をかぶった富士山は、まさに「これぞ日本の象徴」と言いたくなる存在感。
河口湖の朝は気温マイナス、空気がピンと張りつめている。
でも、その分だけ景色がくっきり見える。
澄み渡る空の青と雪の白、そして湖に映る“逆さ富士”。
手がかじかむほど寒いのに、カメラを持つ手が止まらない。
本栖湖でその景色を見たとき、思わず「すげぇ…」と声が出た。
冬の富士は静かだけど、心の中ではずっとざわざわしている。
それくらいインパクトがある。
──どの季節も、富士は違う顔を見せてくれる。
だから一度来た人ほど、また戻ってくる。
僕もそのひとりだ。
「次はどんな富士に会えるんだろう?」って、帰りの電車の中でもう考えている。
🚉 モデルコースまとめ

「富士山を1日で満喫したいけど、どんなルートがいいの?」
そんな人に向けて、僕が実際に歩いた“間違いなく満足できる日帰りプラン”を紹介します。
移動も無理がなく、見どころたっぷり。時間の流れに合わせて、富士が少しずつ近づいてくる感覚を味わえます。
| 時間 | 行程・ポイント |
|---|---|
| 8:30 | 新宿発 → 富士山駅へ(約2時間) 特急「富士回遊」なら乗り換えなし!座席指定で朝からテンションMAX。車窓から見える富士の稜線が、すでに“旅の予告編”。 |
| 10:30 | 富士山駅着・展望デッキへ 駅舎の屋上から富士を真正面に。まずは写真を1枚!気分が一気に上がる瞬間です。 |
| 11:00 | 昼食タイム(吉田うどん) コシの強い地元うどんを食べながら作戦会議。「次はどこ行く?」って話してる時間も楽しい。 |
| 12:30 | 河口湖へ移動・湖畔散策 富士急行線または周遊バスで約15分。湖畔を歩けば、もう絵葉書の中。カフェでコーヒーを飲みながら富士を眺めるのが最高。 |
| 15:00 | 本栖湖へ移動・逆さ富士に挑戦! 周遊バス「ブルーライン」で約30分。運が良ければ完璧な“逆さ富士”が見られる。千円札の世界に自分が入ったみたいな感覚! |
| 17:30 | 富士山駅へ戻る・帰路 駅の売店でおみやげチェック。「次はどの季節に来よう?」なんて話しながら、1日の充実感を噛みしめる時間。 |
このルートは、観光・グルメ・自然・写真、全部楽しめる“オールスターコース”。
しかも、どの場所もアクセスが良く、日帰りでも無理がない。
僕は何度かこのルートを取材で回っているけど、毎回「やっぱり富士は一日じゃ足りない」と思ってしまう。
それくらい濃い旅になる。
ポイント:
✔ 富士急行線の特急「富士回遊」は早めの予約がおすすめ。
✔ 周遊バスはICカード対応。時刻表チェックを忘れずに!
✔ 富士山駅のロッカーは少なめなので、荷物は軽くして行こう。
──準備はOK?
では、次の週末は“電車を降りたら富士のふもと”へ。
このコース、間違いなくあなたの旅の定番になります。
🏕 FAQ(よくある質問)
Q. 富士山駅から本栖湖へはどう行くの?
A. 一番手軽なのは周遊バス「ブルーライン」。約60分の車窓旅で、途中の森や湖を眺めながら移動できます。
本数は2時間に1本ほどなので、時刻表チェックは必須!ただ、僕はこのバスの“のんびり感”が好きで、移動中もずっとワクワクしてます。景色がいいんですよ。
Q. 河口湖で食事するならどこがいい?
A. 定番はもちろん「ほうとう不動」。あつあつの鉄鍋から立ちのぼる湯気だけで幸せになれます。
あとは湖畔沿いの「湖波」。窓際の席に座ると、食事中に富士山がドーンと見える。正直、味より景色でお腹いっぱいになるタイプです(笑)。
Q. 冬でも観光できるの?寒くない?
A. はい、冬の富士はむしろ“特別シーズン”です!空気が澄んでいて、富士がくっきり見える。
朝夕は氷点下になるので防寒は必須ですが、その分だけ「これぞ富士!」という景色が見られます。
僕は毎年1月にも行きますが、冷たい空気の中で飲むホットコーヒーが最高です。
Q. 富士山駅周辺にコインロッカーある?荷物どうする?
A. 駅構内に少しありますが数が少なめ。大きな荷物がある人は、河口湖駅のロッカーのほうが安心です。
もしくは、富士急の駅員さんに声をかけると、空いてるスペースを教えてくれることもあります。
Q. 写真を撮るならどの時間帯がおすすめ?
A. 断然、朝と夕方です。朝は富士が黄金色に輝く「モルゲンロート」、夕方は湖面がオレンジに染まる。
僕は何度も取材で来ていますが、この時間帯の富士は本当に息をのむほど美しい。
一眼でもスマホでも、間違いなく“人生ベストショット”が撮れます。
Q. 1日で全部まわれる?
A. まわれます!でも正直、「もう少し居たかった」と思うはず。
だから僕のおすすめは、“次にまた来る前提”で動くこと。
1回目は富士山駅と河口湖、2回目で本栖湖や精進湖へ──そうやって少しずつ“自分だけの富士”を見つけていくのが最高に楽しいです。
どの質問にも共通して言えるのは、「行ってみないとわからない感動がある」ということ。
地元の人も旅人も、みんな富士の周りではちょっとテンションが上がってる。
それが、この土地の魅力なんです。
📚 情報ソース
※ 記事内の情報は2025年10月時点のものです。天候・交通状況により変更の可能性があります。最新情報は各公式サイトをご確認ください。


コメント