NHKの富士山登山番組を探しているなら、該当する代表的な回は2011年7月1日放送の「新日本風土記『富士山』」です。
ただし、これは登山方法だけを教える番組ではありません。富士登山を軸に、信仰、浮世絵、写真、山麓文化まで描いた紀行ドキュメンタリーで、2026年8月1日現在、番組全編を視聴できる公式配信ページは確認できませんでした。
NHKの富士山登山番組「新日本風土記」とは?
番組シリーズ名は「新日本風土記」、放送回の題名は「富士山」、確認できる放送日は2011年7月1日です。
番組を特定する根拠の一つが、NHKアーカイブスの番組表データベース「NHKクロニクル」に付された番組ID「A201107012000001301000」です。
富士五湖地域の情報サイト「富士五湖.TV」に残るメディア出演記録でも、このNHKクロニクルの番組IDとともに、BS-NHKの「新日本風土記『富士山』」が2011年7月1日に放送されたことが記録されています。
また、2012年2月に公開された当時の視聴記録には、番組紹介文として放送日が2011年7月1日と記され、「日本人がなぜ富士山に心をひかれるのか」を、美しい映像とともに解き明かす内容だったことが残されています。
番組の基本情報
項目 確認できた内容
番組シリーズ 新日本風土記
放送回 富士山
放送日 2011年7月1日
放送媒体 NHKのBS放送
番組の性格 富士山と日本人の関係を描く紀行・文化ドキュメンタリー
登山に関する関連映像名 富士登山 一度は登ってみたい憧れの山
主な舞台 山梨県側・静岡県側の富士山と山麓
現在の全編配信 2026年8月1日時点では確認できず
再放送予定 2026年8月1日時点では確認できず
一方、当時の正確な放送終了時刻、番組本編の尺、全編を担当した語り手、制作スタッフについては、今回確認できた公開情報だけでは責任を持って断定できませんでした。
古いテレビ番組を調べるときには、空白を想像で埋めないことが大切です。
「新日本風土記」の現在配信されている回には、本編59分や語り手などが明記される例があります。しかし、それを根拠に2011年の「富士山」回も同じだったと決めつけることはできません。
2010年版の「富士山」と混同しない
注意したいのは、「新日本風土記」には2010年にも富士山を扱ったパイロット版が存在することです。
2010年3月には、本格的なレギュラー放送開始前の企画として、「出雲」「富士山」「阿波おどり」「風」「塩」を扱うパイロット版がBSハイビジョンで放送されました。
この2010年版は、後に「新日本風土記 富士山~千年の美 一瞬の夢~」として再放送された記録があります。番組概要には、毎年30万人以上が訪れてきた富士山と日本人の千年以上にわたる関係を、複数のエピソードから読み解く内容だったと記されています。
つまり、検索で見つかる富士山関連番組には、少なくとも次の二つがあります。
- 2010年放送のパイロット版:「富士山~千年の美 一瞬の夢~」
- 2011年7月1日のレギュラー放送回:「富士山」
今回の記事で中心に扱うのは、NHKアーカイブスの富士登山関連映像につながる2011年7月1日の「新日本風土記『富士山』」です。
放送年を確認せずに検索すると、2010年版の再放送記録と2011年版の番組情報が混ざりやすくなります。ここを整理するだけでも、探している映像へ近づきやすくなるでしょう。
「新日本風土記」の富士山回では何が描かれた?
2011年の「富士山」回は、登山だけでなく、日本人が富士山を登り、祈り、描き、撮影してきた歴史を扱った番組です。
当時の番組紹介文では、日本一の山である富士山に、なぜ人々がこれほど心を引かれるのかを探る「映像大全集」と位置づけられていました。
富士山の山開きに合わせて放送され、山そのものの美しさだけでなく、富士山を見つめてきた人々の文化や信仰が取り上げられています。
富士登山が大衆化した歴史
NHKアーカイブスで紹介されてきた関連映像の題名は、「富士登山 一度は登ってみたい憧れの山」です。
その紹介内容では、当時の富士山に年間30万人を超える登山者が訪れ、旅行会社による登山ツアーが組まれるほど人気になっていたことが示されていました。
ここで大切なのは、「年間30万人」という数字を2026年の最新統計として扱わないことです。
これは2011年に制作された映像が置かれていた時代を示す数字であり、現在の登山者数や今後の予測とは区別する必要があります。
映像が問いかけているのは、単に「何人が登ったか」ではありません。
かつて信仰者や修行者のものだった登山が、どのように一般の旅行者にも開かれ、「一生に一度は登りたい山」へ変わったのか。その長い流れが富士登山の風景を通して描かれています。
富士講から現代の登山者へ
江戸時代には、富士山を信仰する人々が「富士講」と呼ばれる集団をつくり、費用を積み立てながら代表者を山へ送り出しました。
麓では御師が登拝者を迎え、宿泊や祈り、登山の準備を支えます。富士山へ登れない人々は、身近な土地に造られた富士塚へ登り、遥かな山頂に思いを重ねました。
当時の視聴記録にも、富士講の広がりや富士塚が番組内で紹介されたことが残されています。
富士山の世界文化遺産としての価値も、山の標高や円すい形の美しさだけにあるわけではありません。
文化庁と国立情報学研究所が運営する文化遺産オンラインでは、富士山について、修験や富士講による登拝、葛飾北斎をはじめとする芸術、文学などが重なった文化的景観として説明されています。
番組が富士登山を信仰や芸術と一緒に描いたのは、話題を広げるためではありません。
富士山では、登ること、祈ること、眺めること、描くことが、別々の文化ではなかったからです。
吉田口・富士宮口・須走口・御殿場口
富士登山の主要ルートとして知られるのは、次の四つです。
- 山梨県側の吉田ルート
- 静岡県側の富士宮ルート
- 静岡県側の須走ルート
- 静岡県側の御殿場ルート
番組の関連映像では、富士山に複数の登山口があり、それぞれの土地から人々が山頂を目指してきたことも紹介されました。
富士山は遠くから見ると、一つの整った円すい形です。
しかし、実際に裾野へ立てば、入口ごとに地形も歴史も異なります。吉田には御師と富士講の文化があり、村山には修験の記憶があり、須走や大宮にも登拝者を迎えてきた道があります。
同じ頂を目指していても、歩き始める場所によって物語は変わるのです。

北斎・広重・岡田紅陽が見つめた富士山
当時の視聴記録では、葛飾北斎の「富嶽三十六景」や、歌川広重が描いた富士山の作品も番組で扱われたとされています。
さらに、生涯にわたって富士山を撮影した写真家・岡田紅陽も紹介されました。
登山番組を探していた人には、絵画や写真の話が遠回りに感じられるかもしれません。
しかし、山頂へ立つことだけが富士山との出会いではありません。
北斎は富士山を大胆な構図の中に置き、広重は街道や暮らしの向こうに富士山を描きました。岡田紅陽は、雲、光、雪、湖面によって刻々と変わる姿を追い続けました。
人は富士山へ登る前から、すでに絵や写真の中で富士山と出会っています。
番組は、心の中にある富士山への憧れが、やがて実際の登山へ人を向かわせることまで描こうとしたのではないでしょうか。
ここからは筆者の解釈ですが、富士登山の大衆化を理解するには、道路や山小屋の整備だけでなく、富士山のイメージが社会に広がった過程を見る必要があります。
人は知らない山には憧れません。
浮世絵、写真、文学、テレビが繰り返し富士山を映したことで、「いつか自分もあの頂へ」という思いが、多くの人の内側に育っていったのです。
アーカイブ映像と番組本編は何が違う?
「富士登山 一度は登ってみたい憧れの山」は放送回の正式タイトルではなく、番組から富士登山を取り出した関連映像名として区別するのが適切です。
過去にNHKが運営していた「みちしる」は、「新日本風土記」をはじめとする番組から地域の歴史や文化に関する映像を選び、テーマ別に紹介するアーカイブサービスでした。
ジャパンサーチにも、「みちしる」を収録元とする2011年放送の富士山関連映像のメタデータが残っています。そこでは、放送番組から選ばれた個別映像であることと、2011年放送の素材であることが明記されています。
したがって、次の三つは同じものではありません。
種類 名称 意味
番組シリーズ名 新日本風土記 各地の風土や暮らしを描くNHKの番組
放送回の題名 富士山 2011年7月1日の放送回
関連映像名 富士登山 一度は登ってみたい憧れの山 番組内容から富士登山を取り出したテーマ別映像
検索画面に動画の再生ボタンがあっても、それだけで番組全編が公開されているとは限りません。
数分の抜粋映像、紹介用のダイジェスト、番組情報だけを掲載したページなど、アーカイブには複数の形式があります。
そのため、「NHKアーカイブスで2011年の番組を最初から最後まで無料視聴できる」と紹介するのは正確ではありません。
今回の調査で確認した資料
本記事では、情報を次の三段階に分けて確認しました。
- 番組を特定する資料:NHKクロニクルの番組表詳細と、その番組IDを記録した富士五湖.TV
- 内容を確認する資料:NHKの番組紹介文を保存した2012年の視聴記録、アーカイブ関連映像の説明
- 現在の配信を確認する資料:NHK ONEとNHKオンデマンドの公開検索情報
確認日は、いずれも2026年8月1日です。
公式記録で確かめられた事実と、当時の視聴者が残した二次記録は、同じ重さでは扱っていません。
放送回名と日付は番組表記録を優先し、番組内の細かな構成については「当時の視聴記録に残る内容」と明示しています。
また、「番組はこう伝えたはずだ」という筆者の解釈については、事実の説明と段落を分けました。
記憶は、ときに山の霧のように輪郭を曖昧にします。だからこそ、古い番組を紹介するときほど、見えたものと推測したものの境界線を引く必要があります。
2011年の「富士山」回は現在どこで見られる?
2026年8月1日時点では、2011年の「新日本風土記『富士山』」を全編視聴できる公式配信ページは確認できませんでした。
現在の確認状況は次のとおりです。
サービス・資料 2026年8月1日の確認状況
NHK ONE 2011年の「富士山」回の見逃し配信を確認できず
NHKオンデマンド 対象回を視聴できる個別ページを確認できず
NHKクロニクル 放送回を特定する番組表記録として参照
アーカイブ関連映像 富士登山を扱った個別映像名と内容を確認
再放送 具体的な放送予定を確認できず
現在のサービス名はNHK ONE
旧記事や古い案内には「NHKプラスで見られるか」という表現が残っていますが、2026年現在のインターネットサービスはNHK ONEです。
NHK ONEは2025年10月に始まり、番組の同時配信、見逃し配信、ニュースや動画などをまとめて提供しています。NHKは2026年4月の発表で、放送直後の同時・見逃し配信をNHK ONE、それより過去の番組を主にNHKオンデマンドが担う形を案内しています。
旧NHKプラスの利用者には、NHK ONEへのアカウント移行が案内されました。
したがって、現在「NHKプラス」を検索し続けるより、NHK ONEで番組名を確認したほうが適切です。
ただし、NHK ONEは、過去の全番組を無期限に保存して見られる映像倉庫ではありません。
2011年にBSで放送された番組が、再放送などの動きなしに常時配信されているとは限らないのです。
NHKオンデマンドでは見られる?
NHKオンデマンドでは、「新日本風土記」の複数の放送回が配信されています。
現在配信中の回には、番組名、本編時間、字幕、語り手などが明記された個別ページがあります。
しかし、同じシリーズの別の回が配信されているからといって、2011年の「富士山」回も配信中だとは判断できません。
今回の検索では、対象回を視聴できる個別ページを確認できませんでした。
配信作品は追加や終了によって変わるため、視聴したい時点で、次の語句を組み合わせて再確認する必要があります。
- 新日本風土記 富士山
- 新日本風土記 2011
- 富士登山 新日本風土記
- 富士山 千年の美 一瞬の夢
最後の検索語は2010年版を探す言葉です。
2011年版と2010年版のどちらが表示されているのか、放送年と番組タイトルを必ず見比べてください。
再放送されれば見逃し配信される?
将来、NHK BSや地上波で再放送されれば、番組の権利条件や配信対象によってはNHK ONEで見逃し配信される可能性があります。
ただし、再放送された番組がすべてインターネット配信されるとは限りません。
映像、音楽、出演者、写真、美術作品などの権利処理によって、放送はできてもネット配信が行われない場合があります。
特に、この富士山回は北斎や広重の作品、写真家の作品、過去映像など、多様な素材を含んでいたと考えられます。
そのため、再放送の有無とネット配信の有無は分けて確認する必要があります。

2011年の富士山登山映像を今見る意味は?
この番組の価値は、最新の登山ルールを教えることではなく、富士登山が現在の姿になるまでの文化的な流れを映していることです。
2011年は、富士山が「信仰の対象と芸術の源泉」として世界文化遺産に登録される2013年より前でした。
つまり、この番組には、世界遺産登録後に観光や保全への注目が一段と高まる直前の富士山が記録されています。
当時の番組は、富士講、浮世絵、写真、富士塚、現代の登山者を、一つの長い物語として並べました。
後に世界文化遺産として評価されることになる「信仰」と「芸術」の両面を、登録前から映像で描いていたことになります。
登山人気の記録が、管理の必要性を考える資料になる
放送当時、年間30万人を超える登山者は、富士山人気の大きさを示す象徴的な数字でした。
多くの人が山へ登れるようになったことは、交通、山小屋、案内、旅行サービスなどが整備されてきた成果でもあります。
一方、登山者が一定の時期や時間帯へ集中すれば、安全、混雑、環境保全、山小屋の負担といった問題も生じます。
現在は各ルートで登山手続きや入山管理が行われていますが、その詳細は毎年同じとは限りません。
この2011年の映像を見てから登山へ出かける場合は、番組内の服装、施設、交通、登山方法を


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